
デジタル化の遅れで業績悪化
老舗企業が1400%成長を遂げた、V字回復の舞台裏

Introduction
デジタル化の遅れ等を背景に業績が低迷していたキッズ・ティーン向け雑貨メーカー 松村商店。MUSCAT GROUP参画後、大胆な社内DXとEC化によってV字回復を実現した。信頼関係の再構築から若手人材の覚醒まで、老舗再生のプロセスをキーマン二人が語る。
Project Member
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大南 洋右
株式会社MUSCAT GROUP 取締役
兼株式会社松村商店 代表取締役 -

河村淳信
株式会社松村商店 取締役
株式会社MUSCAT GROUP(以下、MUSCAT GROUP)は、2024年6月の東証グロース市場への上場を機に、積極的なM&Aを展開。確かな強みを持った企業を傘下に迎え、その強みとこれまでに培ったSNSマーケティングとブランドプロデュースのノウハウを掛け合せることで、大きなシナジーを生み出している。
その象徴的な事例が、創業46年の老舗カバンメーカー、株式会社松村商店(以下、松村商店)のM&Aだ。
子ども向け雑貨メーカーとして、トップシェアを誇っていた松村商店だが、デジタル化の波に乗り切れず業績は悪化していた。同社の取締役を務めていた河村淳信氏は、「世の中が変化していく中で何も変わらないでよいのか、このままでは会社の存続も危ういのではないか」と危機感を募らせていた。
そんな折、松村商店の製品企画力・製造力に注目したMUSCAT GROUPは、2024年10月にM&Aを成立させた。以降、社内環境と事業のDXを一気に加速させ、松村商店はV字回復を遂げることになる。
本記事では、MUSCAT GROUP 取締役兼松村商店 代表取締役の大南洋右と、M&A後も松村商店の取締役を務める河村を迎え、インタビューを実施。M&Aに至った経緯から、PMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)のプロセスと、そのポイントを聞いた。
老舗カバン雑貨メーカーは、いかにして生まれ変わったのか——その舞台裏に迫る。

デジタル化の遅れが招いた、深刻な業績悪化
まずは、松村商店のこれまでの歩みをお聞かせください。
河村
創業は1979年、子ども向けのカバンや財布を製造するメーカーとしてスタートしました。その後、オリジナルブランド「PAPUPI(パプピ)」などのヒットもあり、事業は順調に成長。業界トップシェアを獲得するに至りましたが、少子化が進むにつれ、子ども向けのカバン市場はゆるやかに縮小する未来がみえていました。
そこで2000年前後、ティーン向けの、いわゆるギャルブランドに進出しました。第一歩として「ROCO NAILS(ロコネイル)」というブランドとライセンス契約を結ぶことができ、そこから「LIZ LISA(リズリサ)」や「COCOLULU(ココルル)」など、さまざまなギャルブランドのOEMを手掛けるように。
その後、さまざまなライセンスを取得しライセンスビジネスにも乗り出しましたが、この事業はなかなかうまくいきませんでした。ライセンスの力に頼るのではなく、しっかりとデザイン力を磨く必要があると感じ、その後、現在に至るまでノーブランドの自社製品に力を入れてきましたが、業績は下降の一途をたどっていました。

業績悪化の要因は何だったのでしょうか。
河村
要因はさまざまですが、時代の流れについていけていなかったことが大きいと思っています。具体的には、まったくECに対応できていなかった。個人的には、ECに大きな可能性を感じていたものの、先代社長が「手間ばかりかかって、利益が出ないのではないか」とECに強く反対していたんです。
そのため、一部の商品はインターネット上で販売していたものの、ECを念頭においた商品企画は行っておらず、まったくと言っていいほどEC化が進んでいませんでした。
大南
当社グループ入り以前に社内の状況を見た際、業務のデジタル化の遅れも非常に大きな課題だと感じました。たとえば、素材の注文も基本的にはFAXで行われていましたし、インターネット環境も家庭用のWi-Fiでまかなわれていたため、通信速度が非常に遅かった。
さらに言えば、オフィスには複合機がなかったため、モノクロプリンター、カラープリンター、FAX、スキャナーが存在し、場所を取っているような状態でした。そういった意味では、製品の売り方だけではなく、社内インフラも時代の流れに取り残されてしまっている状態だったのです。
進まないEC化、業績の悪化。それでも、メンバーの「目は死んでいなかった」
そのような状態にあった松村商店の買収を検討し始めた経緯を教えてください。
大南
大きなシナジーを生み出せる可能性があると感じたからです。
MUSCAT GROUPは、会社設立当初から早期に上場することで社会的な信頼を勝ち取り、M&Aを通じて積極的に会社を拡大させていきたいという明確なビジョンを持っていました。
上場と同時に買収先探しを進める中で巡り会ったのが、松村商店です。リサーチを進める中で驚くほど高い製品製造技術を持っていることがわかりました。しかし、事業の主軸がOEMであるため、利益率が低い状態だった。
これまで私たちが培ってきたSNSマーケティングやブランドプロデュースのノウハウを松村商店に注入すれば、高利益体質の企業へと変革できるのではないかと考えたのです。そこから先代社長とコンタクトを取り、交渉を進めることになりました。

M&Aに踏み切った、最終的な決め手は何だったのでしょうか。
大南
河村さんの存在が大きいです。
交渉自体、決してスムーズに進んだわけではありませんでした。私たちが交渉を始めた当時、先代社長はその5年ほど前から売却先を探していたそうですが、手を挙げる会社はあっても、なかなか気に入った会社に出会えず首を縦に振らなかった。さらに、社長は3年ほど前からオフィスに出社できない状態が続いており、私たちも頻繁にお会いすることはできませんでした。それでも粘り強くコンタクトを取り、2回ほど話をする中で「あなたがたは信用できる」と言っていただき、お話を次のステップに進めることができました。
その後、数字を分析していくと、社長の不在が長く続いているにもかかわらず、ここ数年の売上トレンドは比較的安定して、大きく崩れているわけではなかったんです。とはいえ、直近の業績は芳しくなかった。買収を決断する上で、この下降要因が何なのかを正確に把握する必要がありました。
デューデリジェンスの一環で奈良オフィスにお伺いした際、取締役だった河村さんに業績悪化の要因を尋ねたところ、「私たちのせいです」ときっぱりおっしゃられたんです。
河村
急速な円安の進行や、仕入れ価格の高騰など、外部環境の悪化が大きな原因ではありましたが、そうした変化に対し、私を含む当時の松村商店のマネジメント層が何の対策も打てていなかった。それこそが、業績悪化の根本的な理由だと認識していたので、大南さんが訪ねて来た際、そのことをお伝えしたことを覚えています。

大南
その河村さんの言葉が、我々がこのディールを進めることを決めた大きな要因でした。現場のチーム、特に河村さんが「私たちの責任だ」と、現状を真摯に受け止め、強い危機感を持っていることがわかったからです。
先代社長からは「御社のように強い意志を持って、前のめりにチャレンジするメンバーは少ない」と聞いていたんです。でも、河村さんとお話をして、そんなことはないと感じました。業績悪化を誰かのせいにするのではなく、自責で捉え、強い焦りと悔しさを口にされていた。何よりも、「もう一度会社を成長させたい」と語る河村さんの目は死んでいなかった。
ボードメンバーにこの熱量があるなら、きっとグループ入りした後も共に大きなチャレンジができると感じ、M&Aを進める決心がついたのです。
「チーム」になれると感じたわけですね。
大南
そこから、先代社長とさらに交渉を重ね、事業戦略や組織づくりについて、こちらの考えをしっかりと伝えました。他にも交渉を進めている企業はあったそうですが、最終的に売却先として私たちを選んでくださった。
交渉中、先代社長はこちらの本気度をはかるように、いつも厳しい顔をされていたのですが、最後の捺印が済んだ瞬間、にっこりと笑ってくれたんですよね。そして握手を交わしたあの瞬間は、いまも忘れられないです。
「スモールウィン」の連続が、信頼関係をつくる
買収成立後、まずどのようにPMIを進めましたか。
大南
PMIの初期段階で最も重視したのは、信頼関係の構築です。M&Aの失敗事例の多くは、「買収した側」のルールや考えを一方的に押し付けた結果生じた「現場のひずみ」が原因だと考えています。
そのため、現場の実態に即したルールや制度、業務基盤を整える必要がありますが、それらを見定めるためにはまず、メンバーとの信頼関係を構築する必要がある。ですから、MUSCAT GROUPからは2名のメンバーが松村商店に常駐し、私自身は週に3回足を運び、全社員との面談を実施しました。
そこで徹底して聞いたのは、「今、何に課題やストレスを感じているか」です。というのも、信頼を勝ち取るには、“小さな成功”を重ねる必要があると考えています。松村商店のメンバーが「買収されたけれど、困ってることは解決されないじゃないか」と感じてしまえば、信頼を得るのは難しくなる。ですから、買収後はなるべく早く、どんなに小さなことでもいいから変化を起こし、その変化が“成功”につながった、つまりは職場環境や業務フローが改善されて働きやすくなったと感じてもらう必要があると考えました。

まずは現場が抱えている課題を解決し、その“成功”によって信頼関係を構築するわけですね。
大南
そういうことです。ヒアリングを通して感じたのは、やはりデジタル化の必要性です。先ほどもお伝えしたように、従来の松村商店は非常にアナログな業務環境で、そのことに課題感を持っているメンバーが多くいました。
たとえば、従来はノートパソコンが支給されておらず、全メンバーがデスクトップパソコンで仕事をしていたため、営業メンバーは営業先で紙のノートにメモを取り、帰社してからその内容をシステムに入力していたんです。また、スケジュールの共有もホワイトボードで行われており、情報の同期性が全くありませんでした。
そこで、まずはこのアナログすぎる環境の改善に着手しました。営業担当者にはノートパソコンとスマートフォンを支給し、業務インフラとしてGoogle Workspaceを導入。オフィスには最新のWi-Fiと複合機を設置しました。これらを即座に実行し、社員が日々感じていた不満を解消することで「スモールウィン」をつくり続けたのです 。
河村
携帯電話とノートパソコンが配られたときは、めちゃくちゃ嬉しかったですよ。それまでは自分のプライベートのスマホを使わざるを得ない状況もありましたから。
何より「グループ入り後、即座にここまで業務環境を変えてくれるなら、事業面にも大きな変革をもたらしてくれるのではないか」という期待が一気に膨らみました。このスピード感が、大南さんを始めとする、新しい経営陣への信頼につながったのだと思います。
EC売上「1400%成長」を生んだ、若手メンバーの覚醒
事業面ではどのようなことに取り組んだのでしょうか。
大南
事業面もデジタル化を加速させました。具体的に言えば、SNSの活用です。
昨今、平成レトロブームによって、通学時にスクールバッグを利用する中高生が増えています。そして、松村商店は以前からスクールバッグを展開しているROCO NAILSのライセンスを持っている。であれば、若い消費者に向けてROCO NAILSの製品をアピールしていけば、大きな武器になるのではないかと思いました。
そこで、2024年10月の買収成立後、新たにSNSチームを立ち上げて、TikTokで自社アカウントの運用を開始しました。すると、2025年1月に目論見通りROCO NAILSのバッグが大バズりして、一気に売上が拡大したんです。これが松村商店という会社にとって、最初のSNSマーケティングの成功体験となりました。
河村
大南さんが「TikTokをやろう」と提案したとき、若手女性メンバー「じゃあ私が撮ります!」と率先して動画を撮影し始めたんです。以前の体制では若手が主体的に何かアクションを起こすことはほとんどなかったので、その行動にはびっくりしました。
そして、「フォロワーがここまで増えました!」「○万回再生されました!」と目を輝かせて報告するようになった。そんな姿はこれまで見たことがなかったので、「これはすごいことが起こっているぞ」と感じましたね。
思えば、以前から若いメンバーたちの中にもさまざまなアイデアがあったのだろうと思います。しかし、以前の体制では何か新しいことを実行しようとしても止められることが多く、その結果「どうせ言ってもやらせてもらえないから」と、アイデアを口にすることもなくなってしまっていたのだろうなと。でも、MUSCAT GROUP入りしたことで、そんな状況が大きく変わりました。そういった社内の雰囲気の変化が、何よりも重要なことだと思っています。

大南
メンバーたちとの面談を通して、内側にある「新しいことをやりたい」という熱いエネルギーを感じていました。ただ、河村さんが言う通り、これまでは「どうせ提案してもダメだろうと」と諦めてしまっていた。
私たちがやるべきことは、そのポテンシャルを爆発させられる機会と環境をつくることだと確信しました。そうすれば、若いメンバーたちの才能は一気に開花するはずだと思っていましたし、実際にその通りになったわけです。
ECの売上も大きく伸びたのではないでしょうか。
大南
M&A前と比較して、EC売上は1400%ほど成長しました。もちろんその数字自体も大きな成果でもあるのですが、メンバーたちが成功体験を得て、「自分たちでもできるんだ」という自信を持てたことが最大の成果だと思っています。
老舗としてのプライドを胸に、MUSCAT GROUPで新たな未来をつくる
M&Aを経て、組織面でも事業面でも順調な様子がうかがえますが、何か課題などはありませんでしたか?
大南
デジタル化が急速すぎて、ベテランメンバーから「ついていくのが大変だ」という声があがったのは事実です。
河村
私自身も苦労しましたし、今も苦労している部分はあるのですが、日々新たなことを学べているので、とても充実しています。それに、若いメンバーたちから教えてもらうことも多く、これまで以上にいいコミュニケーションが取れていると感じています。
大南
これまで、若いメンバーたちは「教えてもらうこと」がほとんどだったと思うんです。しかし、体制が変わり、デジタル化が加速したことで「教える側」に立つことも多くなった。これまでになかったコミュニケーションが生まれ、その結果、組織の雰囲気もかなり変わってきていると思っています。
これまでの道のりを振り返って、今どのような思いを抱いていますか。
河村
このM&Aが実現していなかったら、もしかしたら今頃、松村商店は事業を続けていられなかったかもしれません。それだけ危ない状況でしたが、それはもう過去のことです。MUSCAT GROUPの1社として新たなスタートを切り、社内ではたくさんのチャレンジも生まれています。しかし、まだまだやれることはたくさんある。
以前、グループ全体の予算会議の場で、大久保社長に松村商店の業績を称えていただいたことがあるんです。だけど、私たちとしては「こんなもんじゃないですよ」と(笑)。私たちにも、これまで築いてきたものに対するプライドがあります。そのプライドを胸に、これからも事業を成長させていきたいと思っています。

では、最後に今後の展望をお聞かせください。
大南
まず、事業面で言えば、年々出生数が下がっていくなかで、子ども向けの製品の事業環境が悪化していくのは自明です。ですので、今後は製品のラインナップも変化させていかなければなりません。
組織面では、将来の経営陣の育成に注力したいと思っています。河村さんには、引き続き取締役として松村商店を牽引していただきたいと思っていますが、いつまでも河村さんに頼るわけにはいきません。現在のメンバーの育成に力を入れ、次の役員候補を育てたい。
これまでの松村商店を支えてきた河村さんたちからバトンを受け取れる人材を育て、100年続く企業にしたいと思っています。
河村
私自身、すぐにでも若手にバトンを渡したいと思っています。やはり、新しい発想と多様な考え方を持つ若い人たちが経営を担った方が、会社は活気づくはずですし、若手メンバー自身も未来への希望を持てるようになると思うんです。そのためにも、私も全力で若手の育成に取り組んでいきたいですね。




